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ハーグ条約とは|国際的な子の奪取・返還手続きとDV被害者保護【2026年版】

国際結婚が増加し、多文化共生が進む現代において、「国際的な子の奪取」という問題が注目を集めています。夫婦の一方が相手の同意を得ないまま子どもを外国へ連れ去る、あるいは外国へ連れ出した子どもを帰国させない——こうした行為は、子どもの生活基盤と心理的安定を根本から揺るがすものです。この問題に国際的なルールを定めたのが、通称「ハーグ条約」と呼ばれる「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」です。日本は2014年に条約を発効し、締約国として子の返還手続きを整備してきました。しかし、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者の保護との関係や、返還手続きの実効性については、法律家・支援団体の間でいまなお議論が続いています。本記事では、ハーグ条約の基本的な仕組みと日本の批准経緯、返還手続きの流れ、そしてDV被害者への影響を含む2026年現在の論点を、法令・公式資料をもとに解説します。国際結婚・国際離婚の当事者、外国籍の方、あるいは国際家族法・男女共同参画政策に関心をお持ちの方に向けた記事です。

目次

ハーグ条約(国際的な子の奪取条約)の基本

正式名称と採択の経緯

ハーグ条約の正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction)といいます。1980年にオランダのハーグで開催されたハーグ国際私法会議(Hague Conference on Private International Law)で採択され、1983年12月に発効しました。「ハーグ条約」という通称はハーグ国際私法会議が採択した多くの条約に用いられるため、本条約は「子の奪取条約」「ハーグ条約(子の連れ去り)」などとも呼ばれます。2026年現在、締約国は100か国以上に上り、国際的な親権紛争を解決するための主要な法的枠組みとなっています。

条約の目的と基本的な考え方

本条約の目的は、不法な連れ去りや留置から子どもを迅速に保護し、子どもを元の生活の場(常居所地国)に返還することで、親権・監護権に関する実体的な判断を元の国の裁判所に委ねる点にあります。つまり、連れ去り行為自体を刑事的に制裁するのではなく、「どちらの親が親権・監護権を持つか」という争いは連れ去り前に子どもが生活していた国の司法機関に解決させるという発想です。一方の親が子どもを無断で連れ去ることによって監護権上の優位を作り出す行為を防止することが、条約の根本的な目的です。

対象となる「不法な連れ去り」の定義

本条約でいう「不法な連れ去りまたは留置」とは、子の常居所地国(habitual residence)の法律上の監護権(右)を侵害し、かつ連れ去り直前まで当該監護権が現実に行使されていた場合を指します(条約第3条)。「常居所地国」とは子どもが継続的に実際に生活していた国であり、国籍とは必ずしも一致しません。なお、条約が保護する子どもは16歳未満であることが要件とされています(条約第4条)。連れ去りが「不法」かどうかの判断は、常居所地国の法令に基づいて行われます。

ハーグ条約の主な仕組み

中央当局の設置と役割

本条約に基づき、各締約国は「中央当局」(Central Authority)と呼ばれる行政機関を指定します。日本では外務省(領事局政策課)が中央当局を担い、返還申請の受理・取次ぎ、任意の友好的解決への援助、子どもの所在確認、法律扶助の情報提供などを行っています。外国から日本への申請については、申請者の居住国の中央当局を通じて日本の外務省に申請を行います。逆に、日本から外国への申請についても外務省が窓口となります。この中央当局間の国際的な連携が、条約の実効性を支える基盤です。

子の返還手続きの概要

申立てを受けた国(返還先国)の中央当局は、子どもの所在確認・申立人への情報提供・友好的解決の促進を行います。任意返還が実現しない場合、申立人は裁判手続きへ移行します。日本では、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(以下、実施法)に基づき、東京家庭裁判所または大阪家庭裁判所が専属的に管轄します(実施法第32条)。家庭裁判所は調停・審判の手続きを経て、子の返還または拒否の審判を行います。

返還拒否事由(条約第12条・第13条)

本条約は、一定の場合に返還を拒否できる事由を限定的に列挙しています。主な拒否事由は①連れ去りから1年以上経過し子が新環境に定着している場合(条約第12条)、②申立人が連れ去りに同意していた場合(条約第13条(a))、③子を返還することにより身体的または心理的な危害を受ける重大な危険がある場合(条約第13条(b))、④子自身が返還を拒否しており子の年齢・成熟度からみてその意思を考慮すべき場合(条約第13条)、⑤返還が基本的人権・自由の保護に関する原則に反する場合(条約第20条)です。③の「重大な危険」はDV・虐待被害者の保護と深く関わっており、後の「現代的論点」で詳述します。

日本の批准経緯と国内実施法

批准以前の国際的批判

日本は長年にわたりハーグ条約を批准せず、欧米諸国から強い批判を受けてきました。米国・カナダ・欧州各国は、外国人配偶者が日本に子どもを連れ帰った後に返還されない事例が相次いでいることを問題視し、外交ルートを通じて日本政府に批准を求め続けました。2011年には日米首脳会談でも議題となり、米国議会では日本を「問題国」として名指しした決議が採択されるなど、外交問題として深刻化していきました。背景には、日本の民法上、離婚後の親権は単独親権であり、外国の共同親権制度とのギャップが生じやすい構造的な問題があります。

2013年制定・2014年発効

日本は2013年(平成25年)5月に「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(平成25年法律第48号、e-Gov法令検索)を制定し、同年10月に国会の承認を得て条約を批准しました。翌2014年(平成26年)4月1日に条約が日本について発効し、外務省の中央当局としての業務が開始されました。実施法の施行後は東京家庭裁判所・大阪家庭裁判所が専属管轄裁判所となり、返還申立てを担当する体制が整えられました。

国内実施法の骨格

実施法は、条約上の手続きを国内で機能させるための法律です。主な内容として、①中央当局(外務省)の職務(第4条以下)、②面会交流に関する援助(第24条以下)、③子の返還に関する審判手続き(第26条以下)、④返還拒否事由の国内法的位置づけ(第28条)、⑤返還審判の強制執行に関する規定(第136条以下)などが規定されています。最終改正は令和6年(2024年)法律第13号です。なお、同改正法は民法(明治29年法律第89号)の離婚後共同親権に関する改正と一体的に成立したものであり、国内外の親権紛争が複雑に絡み合う状況を反映しています。

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現代的論点|2026年時点の到達点

2007年以降の主な法改正・新法

  • 2013年 実施法制定・条約批准承認: 「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(平成25年法律第48号)が制定され、条約批准の国会承認が行われました。
  • 2014年4月 条約発効: 日本についての条約発効により、外務省中央当局の受付が開始されました。東京・大阪の家庭裁判所が専属管轄裁判所として機能し始めました。
  • 2024年 DV防止法改正: 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号、最終改正: 令和6年法律第3号)が改正され、精神的暴力・自由を制限する行為が保護命令の対象に追加されました。ハーグ条約の返還拒否事由(重大な危険)の判断においても、DV被害の認定範囲が広がる可能性があります。
  • 2024年 民法改正・離婚後共同親権(2026年5月施行): 民法(明治29年法律第89号、最終改正: 令和6年法律第13号)の改正により、協議・審判による離婚後共同親権が制度化されました。これにより、共同親権下での子の居所に関する紛争がハーグ条約案件と交差するケースが生じる可能性があり、実務上の検討が進められています。

議論の現在地

2014年の条約発効から10年以上が経過し、実施状況への評価は多岐にわたります。外務省の公表する「ハーグ条約実施状況」によると、発効後の申請件数は年間数十件の水準で推移し、任意返還・裁判での返還命令を通じた解決例も積み上がっています。一方、以下の論点について国内外で議論が続いています。

返還実効性への評価(賛否両論): 子の返還を命ずる審判が確定しても、相手方が任意に応じない場合の強制執行(実施法第136条以下の間接強制・代替執行)は、子への心理的負担が大きく実効性が低いとする批判があります。これに対し、実施法が定める執行手続きは子の心身の安全に最大限配慮したものであり、過剰な強制は子の利益に反するという見解もあります。

DV被害者保護との緊張関係(賛否両論): 返還拒否事由である「重大な危険」(条約第13条(b))の認定が厳格すぎるとして、DV被害者が子どもを守るために帰国した事例でも返還命令が出されるケースへの懸念が支援団体から継続的に表明されています。他方、日本政府は中央当局によるDV被害者支援(保護命令・シェルター情報の提供、弁護士費用助成の案内等)を行っており、条約の趣旨と被害者保護の両立は制度上可能であるという立場です。国連CEDAW(女性差別撤廃委員会)も、日本の運用状況について継続的なモニタリングを行っています。

残された課題

2026年時点において、専門家・支援機関から指摘されている主な課題は以下のとおりです。①返還命令の実効性確保(強制執行手続きの整備・執行体制の充実)、②中央当局機能の強化(外務省の人員・予算・多言語情報提供)、③返還後の子の生活環境・経済的支援の確保、④DV被害者への情報アクセス向上(相談窓口の周知・外国語対応)、⑤離婚後共同親権制度(2026年施行)との整合性に関する法的整備、⑥国内外の弁護士・支援機関のネットワーク強化。これらの課題は、ジェンダー平等・子どもの権利保障の観点からも引き続き注視が必要です。

子の返還手続きの流れと比較

申請から解決までの経路

申立人(子どもの常居所地国にいる親)はまず自国の中央当局に申請します。申請を受けた中央当局は日本の外務省(中央当局)に協力を要請し、外務省が子どもの所在確認・任意返還への働きかけを行います。任意返還が実現しない場合、申立人は東京家庭裁判所または大阪家庭裁判所(実施法第32条に基づく専属管轄)に返還申立ての審判を申し立てます。家庭裁判所は調停・審判の手続きを経て判断を示します。審判に対しては即時抗告(高等裁判所)・特別抗告(最高裁判所)も可能です。実務上は弁護士への依頼がほぼ必須となります。

手続きの段階と担当機関

段階 内容 担当機関 目安期間
① 中央当局申請 外務省への返還申請・子どもの所在確認依頼 外務省(中央当局) 申請後随時対応
② 任意返還交渉 相手方への連絡・調停機関への紹介・友好的解決の促進 外務省・調停機関 数週間~数か月
③ 家庭裁判所への申立て 東京または大阪家裁への審判申立て 申立人(弁護士経由) 申立て後速やか
④ 調停・審判 家庭裁判所での審理(調停前置) 家庭裁判所 6週間以内が努力目標
⑤ 即時抗告(不服申立て) 高等裁判所への抗告審 高等裁判所 審判確定後
⑥ 返還の実現 任意返還または強制執行(間接強制・代替執行) 家庭裁判所・執行官 確定後速やか

任意返還と裁判手続きの比較

ハーグ条約案件では、最終的に裁判手続きに至らずに任意返還で解決する事例も一定数存在します。任意返還は子どもへの心理的負担が少なく、親双方にとっても費用・時間の節約につながります。外務省中央当局は調停機関(国際的な裁判外紛争解決機関等)の紹介も行っており、早期の友好的解決が推奨されています。一方、相手方が任意返還に応じない場合には裁判手続きが不可避となります。裁判手続きでは弁護士費用・通訳費用・渡航費用が相当額に上ることもあり、法テラスの費用立替制度(審査あり)の活用が推奨されています。

DV被害者と返還拒否事由の実際

「重大な危険」の認定とDV被害者の状況

条約第13条(b)は、「子を返還することにより身体的もしくは心理的な危害を受け、又は他の方法により耐えがたい状況に置かれる重大な危険がある場合」を返還拒否事由として規定しています。この規定は、DV(配偶者暴力)や虐待から子どもを守るために帰国した親を念頭においているとされます。しかし実際には「重大な危険」の認定水準について、締約国間で解釈のばらつきがあることが国際的な課題として指摘されています。日本の家庭裁判所での審判例においても、DV被害の疎明が十分と認められた場合には返還を拒否する例がある一方、証拠の評価によって結論が分かれるケースも存在します(個別事案の断定的な予測は差し控えます)。

DV被害者が利用できる制度と注意点

ハーグ条約の返還申立てを受けたDV被害者には、以下の対応策が考えられます。ただし、具体的な方針は事案の詳細によって大きく異なるため、弁護士や支援機関への早期相談が不可欠です。①外務省中央当局への早期連絡——DV被害の状況を条約手続きの開始前に通知することで、中央当局による支援(保護命令の案内等)を受けられる場合があります。②配偶者暴力相談支援センターへの相談——DV防止法(平成13年法律第31号)に基づく公的支援機関として、証拠収集・保護命令申立て・一時保護に関する支援を提供します。③法テラスの利用——弁護士費用の立替制度(審査あり)があり、外国語対応サービスも利用可能です。なお、外国に返還された後に現地でDV被害が再発するリスクについても、弁護士と十分に検討することが重要です。

国際比較と日本の課題

DV被害者と子の返還義務の関係については、国際的にも論点が続いています。米国・英国・カナダなど多くの締約国では、DV被害を「重大な危険」として広く認定する傾向が強まっており、連れ去り親がDV被害者であると証明できた場合には返還を拒否する審判例が蓄積されています。日本においても、2024年のDV防止法改正(精神的暴力の保護命令対象化)を踏まえた「重大な危険」の解釈の変化について、家庭裁判所の実務動向が注目されています。支援団体からは、申立てを受けたDV被害者が弁護士や多言語支援にアクセスしやすい環境づくりが急務であるとの声が上がっています。

公的相談窓口・支援機関

ハーグ条約案件・国際離婚・DV被害に関する相談は、以下の公的機関を活用してください。具体的な事案については、弁護士など専門家への相談をご検討ください。

  • 外務省ハーグ条約中央当局(外務省領事局政策課): 電話 03-3580-3311(代表)。返還申請・面会交流援助申請の窓口。英語をはじめとする多言語対応あり。
  • 配偶者暴力相談支援センター(各都道府県): DV防止法に基づく公的支援機関。避難支援・保護命令申立ての案内・一時保護の調整を行います。
  • DV相談ナビ(♯8008): 最寄りの配偶者暴力相談支援センターへ接続するナビダイヤル。全国どこからでも利用できます。
  • DV相談プラス(内閣府設置): オンライン・電話・メール・SNSでの24時間相談。外国語対応あり。
  • 法テラス(日本司法支援センター)(電話 0570-078374): 法律相談窓口の案内・弁護士費用の立替制度(収入要件あり)。外国語サービス(法テラスサポートダイヤル)あり。

まとめ

ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)は、国境を越えた子どもの無断連れ去りを防ぎ、元の居住地への迅速な返還を促す国際的な枠組みです。日本は2014年に条約を発効させ、実施法・専属裁判所・外務省中央当局という国内体制を整備しました。2026年現在、条約発効から10年以上が経過し、返還手続きの実効性・DV被害者保護との調整・離婚後共同親権制度との整合性など、解決すべき課題は引き続き残されています。国際離婚・国際的な子の監護権紛争に直面した場合には、外務省中央当局・配偶者暴力相談支援センター・法テラスなどの公的窓口に早期に相談することが重要です。子どもの最善の利益を中心に置きながら、複雑な国際法的問題を整理していく姿勢が求められます。

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よくある質問(FAQ)

Q. ハーグ条約とはどのような条約ですか?
A. 正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」で、親の一方が子どもを無断で外国へ連れ去ったり帰国させなかったりした場合に、子どもを元の居住地(常居所地国)へ迅速に返還するための国際的な手続きを定めた条約です。1980年にハーグ国際私法会議で採択され、2026年現在100か国以上が締約国となっています。
Q. 日本はいつハーグ条約を批准しましたか?
A. 日本は2013年(平成25年)に国会で批准を承認し、2014年(平成26年)4月1日に条約が日本について発効しました。同年、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(実施法)も施行され、外務省が中央当局として業務を開始しています。
Q. DV被害者でも子どもを外国に返還しなければなりませんか?
A. 条約第13条(b)は、「子を返還することにより身体的または心理的な危害を受ける重大な危険がある場合」を返還拒否事由として規定しています。DV被害の実態が認められる場合には、返還が拒否される可能性があります。ただし、認定基準は個別事案の事情によって異なるため、早期に弁護士または法テラスに相談されることをお勧めします。
Q. 子の返還申立てはどこにすればよいですか?
A. まず自国(外国)の中央当局または日本の外務省(領事局政策課)に申請します。任意返還が実現しない場合は、東京家庭裁判所または大阪家庭裁判所(実施法第32条に基づく専属管轄)に審判を申し立てることができます。実務上は弁護士への委任がほぼ必須です。
Q. 日本国籍と外国籍の両方を持つ子どもにも条約は適用されますか?
A. 条約の適用は子どもの国籍ではなく、連れ去り直前の「常居所地国」が条約締約国であるかどうかによって判断されます。したがって、二重国籍を持つ子どもであっても、常居所地国が締約国であれば条約が適用される可能性があります。
Q. 外国人の親が日本に子どもを連れてきた場合も条約は適用されますか?
A. 日本が締約国であり、かつ子どもの常居所地国も締約国であれば条約が適用されます。日本国籍の親が外国籍の配偶者との間の子どもを日本に連れ帰った場合も、外国籍の親が子どもを日本に連れてきた場合も、いずれも条約の対象となりえます。

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