「離婚後、子どもの親権はどうなるのか」——そう不安を感じている方は少なくないでしょう。日本ではこれまで、離婚すると父母のどちらか一方のみが親権を持つ「単独親権」が原則とされてきました。しかし2024年5月、約75年ぶりとなる大規模な民法改正が成立し、離婚後も父母が共同で親権を行使できる「共同親権」の選択が可能になりました。この改正は2026年5月に施行されており、現在進行中の大きな制度転換です。
一方で、「DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待がある家庭でも共同親権を強いられるのではないか」「日常的な決定のたびに相手の同意が必要になれば子どもの生活が不安定になるのではないか」という懸念も多く表明されています。男女共同参画の観点からも、親権制度は収入格差・子育て負担の不均等・ハラスメントの構造といったジェンダー問題と深くつながっています。
この記事では、共同親権の基本概念から2024年民法改正の具体的な内容、賛否両論の論点、DV被害者への影響と保護措置、養育費・面会交流との関係まで、法令と公的資料に基づいて中立的に解説します。離婚を検討中の方、養育問題に直面している方、ジェンダー法務を学ぶ方に向けて、2026年時点の最新情報をお届けします。
親権とは何か|子どもの利益を守る法的権利
親権の概念と法的根拠
親権(しんけん)とは、未成年の子どもの身上(しんじょう)と財産を管理する権利および義務の総称です。民法(最終改正: 2024年5月、令和6年法律第90号)第820条は、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」と定めています。
親権は法的に大きく「身上監護権(しんじょうかんごけん)」と「財産管理権(ざいさんかんりけん)」の2つに分けられます。
- 身上監護権: 子どもの生活・教育・医療などに関する決定権(居所指定権・職業許可権など)
- 財産管理権: 子どもの財産を管理し、法律行為の代理や同意を行う権限
これらは通常セットで行使されますが、実務では「監護権」として日常の養育部分を分離し、親権者と監護権者を別々に定めることもあります。離婚後の養育をめぐる問題の多くは、この親権の帰属と行使のあり方に起因しています。
監護権との違いと分離の実例
監護権(かんごけん)は、子どもと日常的に同居して養育・監護を行う権利です。民法第766条は、父母が離婚する場合に「子の監護をすべき者その他監護について必要な事項」を協議で定めることができると規定しています。
実務では、父母の一方が親権を持ちながら、子どもの日常の養育は他方のもとで行われる「親権と監護権の分離」が取られることがあります。ただし、分離が子の利益に資するかどうかは個別事情によって異なり、家庭裁判所が判断する場面では慎重に扱われる傾向があります。
親権が問題になる代表的な場面
親権が法的に問題となる主な場面を整理すると、以下のとおりです。
| 場面 | 主な法的問題 |
|---|---|
| 離婚時の協議・調停・裁判 | どちらが親権者になるか、共同か単独か |
| 離婚後の日常的な意思決定 | 進学・医療・転居等に関する決定権の帰属 |
| 再婚・養子縁組 | 親権者の同意が必要な場面 |
| 子の連れ去り | 国内・国際間の子の引渡し問題(ハーグ条約) |
| 親権の変更申立て | 家庭裁判所への変更審判申立て |
親権問題は、単なる法律上の権限配分にとどまらず、子どもの生活・福祉・アイデンティティに直結する重大な問題です。
日本の親権制度の歴史|単独親権原則の75年
戦後民法と離婚後単独親権の確立
現行民法の親族・相続規定は1947年(昭和22年)に大改正され、翌1948年から施行されました。この改正で旧来の家制度(いえせいど)が廃止され、個人の尊重と男女平等を基盤とする現代的な家族法が成立しました。
離婚後の親権については、「父母の協議でどちらか一方を親権者と定める」という形が採用されました。協議が整わない場合は裁判所が定める仕組みで、「離婚後は必ず単独親権」という原則が確立されました。この原則は、2024年の大改正まで約75年にわたって維持されてきたものです。
離婚件数の増加と親権問題の表面化
1990年代以降、日本の年間離婚件数は増加を続け、2002年には年間約29万組というピークを迎えました(厚生労働省「人口動態統計」)。子どもを持つ離婚家庭の増加に伴い、親権・養育費・面会交流をめぐるトラブルが社会問題として顕在化していきました。
単独親権制のもとでは、離婚後に親権を持たない親(非監護親)が子どもとの関係を維持しにくいという問題や、一方の親が子どもを連れて行方をくらませる「子の連れ去り問題」、非監護親による養育費不払い問題などが指摘されてきました。これらの問題が積み重なり、制度見直しの機運が高まっていきました。
ハーグ条約批准(2014年)と国際的な議論の高まり
2014年(平成26年)、日本は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)を批准しました。この条約は、国境を越えた子の連れ去りが行われた場合に、子どもを元いた国に返還する手続きを定めたものです。
ハーグ条約批准を機に、欧米諸国の多くで離婚後も父母が共同で親権を持つ「共同親権」が原則または選択肢とされていることが広く知られるようになりました。「日本だけが離婚後単独親権制を維持している」という事実が国際的に批判される場面も増え、制度見直しの議論が活発化しました。この流れが、2024年の大改正への布石となりました。
2024年民法改正の骨格|共同親権の選択が可能に
改正の経緯と主な改正点
2024年5月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第90号)が成立しました。この改正の核心は、民法(最終改正: 2024年5月、令和6年法律第90号)第819条の改正です。
改正前の民法第819条第1項は「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない」と規定しており、離婚後は必ずどちらか一方のみが親権者となる仕組みでした。改正後は、父母が協議で「共同親権の継続」または「どちらか一方の単独親権」を選択できるようになりました。
主な改正点を整理すると以下のとおりです。
- 協議離婚の場合: 父母の協議で「共同親権」か「単独親権」かを決める。合意できない場合は家庭裁判所が判断
- 裁判離婚の場合: 裁判所が父母の一方または双方を親権者と定める(子の利益を最優先に判断)
- 急迫の事情がある場合: 共同親権であっても、「子の利益のために急迫の事情があるとき」は、親権者の一方が単独で行動できる(改正民法第824条の2関連)
- DV・虐待がある場合: 一方の親によるDVや子への虐待が認められる場合、裁判所は単独親権を命じなければならない(DV配慮規定)
裁判所が単独親権を命じる要件
改正民法では、家庭裁判所が共同親権か単独親権かを判断する際、以下のいずれかに当たる事情がある場合は単独親権を命じなければならないとされています。
- 子に対する虐待があると認められる事情
- 父母の一方が他の一方に対してDVを行ったと認められる事情
- その他一方の親が親権を行使することが子の利益を著しく害すると認められる事情
ただし、これらの事情があると認められるためには一定の証拠・資料が必要です。DVは密室で行われることが多く、証拠が残りにくいという特性があります。このため、DV配慮規定の実効性については施行前から多くの懸念が示されています。
施行スケジュールと経過措置
改正法は2024年5月成立後、「2年以内に施行する」と定められており、2026年5月に施行されています(本記事執筆時点)。
施行後の経過措置として、改正前(2026年5月以前)に離婚が成立した家庭からも、民法第819条第6項に基づく変更申立てによって親権の形態変更を家庭裁判所に求めることが可能とされています。こうした変更申立てが急増することが予想されており、家庭裁判所の処理能力・人員体制の整備が急務とされています。
| 比較項目 | 改正前(~2026年4月) | 改正後(2026年5月~) |
|---|---|---|
| 協議離婚後の親権 | 必ず単独親権(どちらか一方) | 共同または単独を父母で選択可 |
| 裁判離婚後の親権 | 必ず単独親権 | 裁判所が共同または単独を判断 |
| 日常的意思決定 | 親権者が単独で決定 | 共同親権の場合は原則双方の合意が必要(急迫の事情は単独可) |
| DV・虐待がある場合 | 親権指定時に考慮(明文規定なし) | 裁判所は単独親権を命じなければならない(明文規定あり) |
| 旧来の離婚家庭 | (改正前に単独親権成立) | 変更申立てによる形態変更が可能(経過措置) |
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現代的論点|2026年時点の到達点
2007年以降の主な法改正・新法
共同親権制度の議論に直接・間接に関連する、2007年以降の主要な法改正・新法は以下のとおりです。
- 2013年最高裁大法廷決定: 婚外子(嫡出でない子)の相続分を嫡出子と同等とする違憲決定。家族の多様化を踏まえた民法改正に直結した司法判断
- 2013年民法改正: 婚外子の相続分格差規定を削除
- 2014年: ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)批准・施行。共同親権議論の本格的な出発点
- 2019年民法改正: 特別養子縁組の対象年齢を原則6歳未満から原則15歳未満に拡大。家族の多様なあり方を踏まえた改正
- 2022年民法改正: 成年年齢を20歳から18歳に引き下げ(2022年4月施行)。親権が及ぶ対象年齢の変化
- 2022年育児・介護休業法改正: 産後パパ育休(出生時育児休業)の創設。父親の育児参加促進が政策的課題として重視されるように
- 2024年配偶者暴力防止法改正(令和6年法律第33号): 接近禁止命令等の対象行為に精神的暴力を追加。共同親権議論と密接に関連する改正
- 2024年民法等改正(令和6年法律第90号): 離婚後共同親権の選択可能化・養育費の履行確保強化を含む大規模改正。2026年5月施行
各法令の条文はe-Gov法令検索で参照できます。
議論の現在地
共同親権の導入をめぐっては、複数の立場から賛否の意見が表明されています。2026年5月の施行後も、実務運用をめぐる議論が続いています。
推進・賛成側の主な主張
- 子どもには両親と継続的な関係を持つ権利がある。単独親権制では、離婚後に非監護親との関係が断絶されやすい
- 国際的に共同親権が多数派であり、日本の単独親権制は子の連れ去り問題を助長するとの批判がある
- 養育費不払いの問題は、共同親権のもとで両親が共同責任を持つことで改善が期待できる
- 子どもの福祉(ウェルビーイング)の観点から、離婚後も両親が協力して子育てに関与できる制度が望ましい
慎重・反対側の主な主張
- DV・虐待被害者(とくに女性・子ども)が、加害者と法的に継続的な接触を余儀なくされる恐れがある
- DVの立証が難しいケースでは「DV配慮規定」が機能せず、被害者の保護が不十分になる可能性がある
- 日常的な意思決定(進学・医療・転居等)のたびに相手方の同意が必要になれば、子どもの生活が不安定になる
- 協議離婚では、経済的・精神的に弱い立場の親(多くの場合に女性)が、共同親権への同意を事実上強制される「合意強制」のリスクがある
- DVシェルターの支援団体・弁護士団体からは、改正法の実効性に対する強い懸念が示されている
法学・社会学・心理学・当事者支援の各分野から多様な意見が提示されており、施行後の実務運用の実態を継続的に把握することが重要です。
残された課題
改正法が施行された2026年5月以降も、以下の課題が残されています。
- DV配慮規定の実効性: DV認定に必要な証拠の敷居が高く、保護命令がない場合に単独親権が確保できるかどうかが不明確なケースが生じうる
- 家庭裁判所の審理能力: 親権事件・変更申立ての増加が見込まれる中、家庭裁判所の人員・設備・専門性の充実が不可欠
- 日常的意思決定ルールの整備: 共同親権家庭における「日常決定」と「重要決定」の区分基準が実務上必ずしも明確でない
- 経済的格差への配慮: 弁護士費用の壁や法的支援の不足が、経済的弱者の保護機能を損なう恐れがある
- 経過措置対象事案の処理: 旧制度下の単独親権家庭からの変更申立てへの対応体制の整備
DV・虐待被害者への影響と保護措置
「DV配慮規定」の内容
改正民法(第819条)は、家庭裁判所が親権の帰属を判断する際、「父または母による子への虐待」または「一方の親による他の一方へのDV」がある場合には、単独親権を命じなければならないと明記しています(DV配慮規定)。
また、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(配偶者暴力防止法、最終改正: 令和6年法律第33号)は2024年に改正され、接近禁止命令等の対象行為が「身体に対する暴力」から「精神的な暴力」にも拡大されました。保護命令の取得は、DV配慮規定を適用させるための重要な証拠となりえます。
協議離婚においても、DV被害を受けている当事者が共同親権への合意を「強要」されたと主張できる場合は、その合意の効力を争える余地があるとされています。意思表示の瑕疵(かし)として取り消しを求めることが理論上可能であり、弁護士などへの早期相談が重要です。
配慮規定の実効性をめぐる議論
支援団体・弁護士団体からは、DV配慮規定の実効性について以下のような懸念が示されています。
- 精神的DV・経済的DVは身体的暴力に比べて証拠化が難しく、裁判所がDVと認定する際の基準が不明確なケースがある
- 保護命令(DV防止法に基づく)を取得していなくても、調停・審判でDVを主張することは可能だが、立証の難易度が高い
- DVを理由とする単独親権の申立てには手続が長期化する傾向があり、その間も法的な不確実性が続く恐れがある
- 経済的に弱い立場の被害者が、弁護士費用の壁から専門的サポートを得られないままに協議を強いられるリスクがある
これらの懸念に対し、法務省は「家庭裁判所調査官の積極的関与」「支援者の同席制度」「弁護士費用の法的扶助制度の活用」を促す方針を示していますが、制度の実態定着には時間がかかると見られています。
安全確保と避難支援機関の対応
DV被害者の支援機関(配偶者暴力相談支援センター・シェルター等)では、改正法施行後も「まず安全を確保する」ことが最優先の原則です。共同親権制度のもとでも、以下の措置は引き続き利用可能とされています。
- 住所の秘匿措置: 加害者に居場所を知らせないための裁判所への申立て
- 接近禁止命令: DV防止法(令和6年法律第33号改正)に基づく保護命令の取得
- 急迫の事情における単独行動: 子どもの生命・身体の安全に関わる緊急の場面では、共同親権であっても単独で行動できる(改正民法第824条の2関連)
具体的な状況については、弁護士や配偶者暴力相談支援センターなど専門機関への相談をご検討ください。
離婚後の子の養育に関連する制度
養育費の支払義務と履行確保
養育費(ようじょうひ)とは、子どもの生活費・教育費などを離婚後に非監護親が負担する費用のことです。養育費は親権の形態(単独か共同か)とは独立した問題であり、共同親権の場合でも収入・生活水準に応じた養育費の取り決めが必要です。
日本では養育費の不払いが長年の深刻な問題です。2024年の民法等改正では、養育費の履行確保に向けた制度整備も盛り込まれました。
- 養育費算定の見直し: 子の生活実態をより反映した算定が促される方向性
- 強制執行の利用しやすさの向上: 相手が支払わない場合に給与等を差し押さえる手続きを使いやすくする整備
- 法定養育費制度の検討: 協議が整わない場合に一定額の養育費を法定する仕組みの導入議論
養育費は、離婚協議書(できれば公正証書)・調停調書・審判書等で明確に定めることが、後のトラブル防止のために重要です。
面会交流の原則と例外
面会交流(めんかいこうりゅう)とは、子どもと同居していない親が子どもと会う権利・機会のことです。民法第766条は「子の監護について必要な事項」として面会交流を位置づけており、家庭裁判所は原則として面会交流を認める傾向があります。
ただし、以下のような事情がある場合には面会交流の制限・停止が認められることがあります。
- 面会の機会を利用した子の連れ去りリスクが高いと認められる場合
- 子ども自身が強く拒否し、その意思が尊重されるべきと判断される場合
- 非監護親によるDVや虐待が認定された場合
- 面会交流が子の心身の健康に明らかな悪影響を与えると認められる場合
共同親権制度の導入後も、面会交流の基本的な取り決め方に大きな変更はありませんが、共同親権家庭では両親が定期的に子どもの養育事項を協議する機会が増えることから、面会交流の実態が変化する可能性があります。具体的な取り決めは、家庭裁判所の調停や弁護士のサポートを活用して進めることが推奨されています。
公的相談窓口
親権・離婚・DVに関する問題は、以下の公的機関に相談することができます。
DVに関する相談
- DV相談ナビ(♯8008): 短縮番号に電話すると、最寄りの配偶者暴力相談支援センターに接続されます
- DV相談+(プラス): 内閣府が提供するDV相談窓口。電話: 0120-279-889。メール・チャットでの相談も可能
- 警察相談専用電話(♯9110): DVに関する緊急でない相談はこちら。緊急時は110番
法律・親権・養育費に関する相談
- 法テラス(日本司法支援センター)サポートダイヤル: 0570-078374: 弁護士費用が払えない方への法律相談や費用立替制度があります。収入が一定以下の方は無料相談も利用できます
- 家庭裁判所: 調停申立てや審判申立ての手続きについて、各地の家庭裁判所で説明を受けることができます
- 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(♯8103): 性的DVを含む性暴力被害の相談窓口
ひとり親家庭支援
- 母子父子寡婦福祉資金: 各都道府県・政令指定都市の福祉事務所が窓口。ひとり親家庭の生活費・就学費の貸付制度
- こども家庭庁(https://www.cfa.go.jp/): ひとり親家庭支援に関する情報を検索できます
まとめ
2024年民法改正による「離婚後共同親権の選択可能化」は、約75年ぶりの大きな制度転換です。子どもの利益を最優先に、離婚後も父母が協力して養育に関与できる環境を整えるという理念自体は、広く共有されています。
一方で、DV・虐待被害者への影響・DV配慮規定の実効性・家庭裁判所の処理能力・日常的意思決定のルール整備など、施行後も残された課題は多くあります。男女共同参画の観点からは、収入格差・子育て負担の不均等・ハラスメントの構造を考慮しないまま「対等な共同」を制度的に求めることへの懸念も、真剣に受け止める必要があります。
施行後の実務運用の実態を注視しつつ、必要に応じて制度の見直しや補完策を検討していくことが、子どもの利益と当事者の権利保護の両立に向けて不可欠です。具体的な事案については、弁護士・家庭裁判所調査官・支援機関など専門家への相談をご検討ください。
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