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「あなたは結婚しているの?」「彼女はいるの?」——職場や家庭で日常的に交わされるこうした問いかけには、多くの場合、「人間は異性を好きになるのが当然であり、結婚するのが自然な姿である」という無意識の前提が込められています。この前提を社会学・ジェンダー研究ではヘテロノーマティビティ(Heteronormativity:異性愛規範性)と呼びます。
ヘテロノーマティビティは、特定の悪意ある個人が持つ偏見とは異なります。それは、社会の仕組みそのもの——法律、制度設計、日常の言語習慣、メディア表現——に深く埋め込まれた「デフォルト設定」です。この規範に沿わない人々、とりわけLGBTQ+当事者は、明確な差別行為がなくても、日々見えないかたちで排除や疎外感を経験します。また、LGBTQ+当事者でない人も、「男性らしさ」「女性らしさ」の押しつけというかたちでこの規範から影響を受けています。
2023年のLGBT理解増進法成立、同年の最高裁によるトランスジェンダー当事者の手術要件に対する違憲判断、2024年のDV防止法改正など、日本の法制度は近年大きく動いています。しかし、民法の婚姻規定や戸籍制度など、法体系の根幹に異性愛前提が残る部分は多く、2026年現在も構造的な課題が続いています。
本記事では、ヘテロノーマティビティとは何かという概念的な解説から、日本の法制度・職場・日常生活への具体的な影響、国際比較、そして2026年時点の現代論点まで体系的に解説します。人事・ダイバーシティ担当者、ジェンダー平等に関心を持つ社会人・研究者、LGBTQ+当事者とその支援者(アライ)を主な読者として想定しています。

ヘテロノーマティビティとは何か|概念の定義と背景
「当たり前」に潜む異性愛規範
ヘテロノーマティビティとは、社会の制度・文化・慣行が、異性愛と性別二元論(男女のみの二項対立)を「普通」「標準」「規範」として前提している状態を指す概念です。社会学者マイケル・ワーナー(Michael Warner)が1991年の著作『Fear of a Queer Planet』(クィアな惑星への恐怖)の中で提示し、1990年代以降のクィア理論・フェミニズム研究・法社会学で広く使われるようになりました。
この概念が重要なのは、差別を「個人の偏見の問題」から「構造的・制度的な問題」として捉え直す視座を提供するからです。たとえば、会社の慶弔規定で「配偶者」「扶養家族」の定義が法律婚(異性婚)だけを想定している場合、同性パートナーを持つ従業員は申請窓口で立ち止まらざるを得ません。これは窓口担当者の偏見ではなく、制度設計に埋め込まれたヘテロノーマティビティです。
また、「男女は違う性質を持つ」という性別二元論的な前提も、ヘテロノーマティビティと不可分の関係にあります。「男性は強くあるべき」「女性は家庭的であるべき」というジェンダー規範(社会的・文化的に形成された性別役割への期待)が、異性愛関係を「自然な補完関係」として正当化する構造を支えているとされます。
クィア理論・ジュディス・バトラーの貢献
ヘテロノーマティビティという概念は、哲学者・ジェンダー研究者のジュディス・バトラー(Judith Butler)が1990年に発表した『ジェンダー・トラブル』(Gender Trouble)での「パフォーマティビティ(Performativity)」理論とも深く連動しています。バトラーは、ジェンダーは生まれながらに固定された本質ではなく、反復的な行為・言語・慣行によって「演じられ」、社会的に構築されると論じました。この視点に立てば、「男性は仕事、女性は家庭」「恋愛は男女間で成立する」という規範も、社会的に繰り返し再生産されることで「自然」に見えているだけにすぎません。
バトラーの理論は、ヘテロノーマティビティが単なる偏見でなく、社会の再生産メカニズムそのものに組み込まれているという分析を可能にし、法制度・教育・メディアの批判的検討に応用されています。日本でも、2000年代以降のジェンダー法学やクィア・スタディーズで同概念は広く参照されています。
SOGIとの接点|概念の整理
近年、職場のハラスメント対策文脈でよく使われる「SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity:性的指向と性自認)」(発音:ソジ)という概念は、ヘテロノーマティビティを理解する上で重要な補助概念です。SOGIはすべての人が持つ属性であり、特定の人のみに適用されるラベルではありません。異性愛者も「ヘテロセクシュアルという性的指向」を持つという意味でSOGIの当事者です。
ヘテロノーマティビティとの関係で言えば、SOGIの多様性(同性愛・両性愛・無性愛・バイナリーでない性自認など)が「例外」「異常」として扱われる社会的状態がヘテロノーマティビティです。SOGIの多様性を前提とした社会設計に転換することが、ヘテロノーマティビティの解消を意味します。
法制度に組み込まれたヘテロノーマティビティ
婚姻・戸籍制度の異性愛前提
日本の法制度で最もわかりやすくヘテロノーマティビティが現れているのが婚姻制度です。民法(最終改正:令和8年法律第45号・2026年6月24日施行)第739条は「婚姻は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる」と定め、民法の婚姻規定全体は「夫婦」「夫及び妻」を前提とした条文構造になっています。戸籍法も同様に、夫婦と親子の記載を基本とした制度設計であり、同性カップルは法的婚姻を選択できません。
この状況は、実生活において多くの法的不利益を生みます。相続権・遺族年金・医療同意権・税制上の配偶者控除・住宅ローンの連帯債務者申請など、「婚姻関係」を根拠とする権利・優遇措置は多岐にわたります。自治体のパートナーシップ宣誓制度は一定の代替機能を果たしますが、法的拘束力はなく、あくまで行政サービス上の便宜に留まります。2026年5月時点で宣誓制度を導入している自治体は350以上に達していますが、法律婚と同等の権利保護には至っていません。
戸籍制度における性別欄(「男」「女」の二項)は、性別を法的に二元化する仕組みです。性別変更の法的手続きは性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(最終改正:令和6年)に基づきますが、家庭裁判所への審判申立てが必要であり、手続き上の負担が残ります。2023年の最高裁決定では、旧来の手術要件が違憲とされ、制度見直しが進んでいますが、非二元的性自認(ノンバイナリーやXジェンダーなど)を法的に記録する手段は2026年現在も存在しません。
労働・社会保障制度への影響
労働関連法令にも異性愛前提の構造が残っています。育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法、最終改正:令和6年法律第42号)では、育児休業の取得対象者として「配偶者」が登場しますが、法律上の配偶者が異性婚のみを前提としている以上、同性パートナーが「配偶者」として読み替えられるかは事業者の裁量に委ねられ、取得実績にばらつきが生じています。
社会保険制度においても、第3号被保険者制度(国民年金)は「被保険者の配偶者」を要件とし、事実婚は一定の条件下で認められますが、同性カップルが社会保険上の「事実婚」として認定されるかは現在も不明確な部分があります。厚生労働省の通達では事実婚要件に「内縁関係」という表現が使われており、同性カップルが明示的に含まれるかの解釈が実務上の課題となっています。
行政手続き・公的サービスにおける課題
男女共同参画社会基本法(平成11年法律第78号、最終改正:令和7年法律第80号・2026年4月1日施行)は第3条で「男女の人権の尊重」を基本理念の一つとして掲げ、ジェンダーに基づく差別の解消を国の責務としています。しかし、同法自体も「男女」という二元的枠組みを基本としており、性的マイノリティや非二元的性自認を明示的に包摂する規定を持っていません。
行政の各種手続きでも、申請書類の「性別」欄が男女二択のみであったり、「夫・妻」欄しか設けられていなかったりするケースが多く残ります。内閣府男女共同参画局は2023年以降、行政文書のジェンダーニュートラル化を推進していますが、各省庁・自治体での実施状況には格差があります。公的な申請窓口でLGBTQ+当事者が「自分の状況を説明しなければならない」という状況は、アウティング(当事者の意に反した性的指向・性自認の暴露)リスクをはらんでいます。
職場・日常生活に現れるヘテロノーマティビティ
職場での「見えない圧力」
職場におけるヘテロノーマティビティは、違法なハラスメントとは区別される「グレーゾーン」の慣行として現れることが多いです。代表的な例として以下が挙げられます。
- 結婚・出産を前提とした声かけ:「そろそろ結婚は?」「子どもはまだ?」という質問は、異性愛・婚姻・生殖を当然の前提とした問いかけです。
- 福利厚生の設計:「家族手当」「扶養手当」の支給対象が法律婚配偶者のみに限定されている場合、同性パートナーや事実婚パートナーが制度から排除されます。
- 忘年会・歓迎会でのカップリング的発言:「独身男性と独身女性を隣に座らせよう」といった異性愛前提の場の設定。
- 健康保険の扶養認定:会社の健康保険組合が同性パートナーの扶養認定を行っていない場合、経済的不利益が生じます。
こうした慣行が積み重なることで、LGBTQ+当事者は職場で「本当の自分を隠して働く」ことを余儀なくされるケースがあります。2019年に実施された「LGBT等に関する職場環境アンケート」(公益財団法人日本生産性本部)では、LGBTQ+当事者の約30%が職場でカミングアウトしていないと回答し、その主な理由として「偏見・差別への恐れ」が挙げられています。
医療・教育現場での影響
医療現場でも、問診票の「配偶者」欄の構造や、「男性患者・女性患者」という二元的な問診フローが、LGBTQ+当事者が自身の状況を正確に伝えることを難しくする場合があります。特にリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の分野では、「女性=妊娠可能性あり」「男性=精子提供者」といった前提が医療的アセスメントに影響することがあります。
学校教育においては、性教育の内容が「男女の恋愛・結婚・妊娠・出産」を中心に構成されており、性的マイノリティの存在や多様な家族形態が十分に扱われないという批判が長年あります。文部科学省の学習指導要領では、2018年改訂においても性的少数者に関する記載は限定的です。学校でのヘテロノーマティビティは、LGBTQ+の子ども・生徒の「見えなさ(Invisibility)」を生み出し、孤立感や自己肯定感の低下につながるとされています。
メディア・広告・言語における規範
テレビドラマ・映画・広告において、「恋愛=男女間」「家族=夫婦と子ども」という描写が圧倒的多数を占めていることも、ヘテロノーマティビティの文化的再生産として指摘されます。LGBTQ+の登場人物がいわゆる「クィアコーディング」(明示しないまま性的マイノリティを示唆する描写)や「悲劇的な結末」という描かれ方をされてきた歴史は、表象(Representation)研究で繰り返し論じられています。
日本語の言語習慣にもヘテロノーマティビティは現れています。「彼氏」「彼女」という代名詞が恋愛相手の標準的呼称として使われたり、「夫婦」という言葉が異性婚カップルのみを指す文脈で多用されたりします。英語では「partner」が性別中立的なパートナー呼称として普及していますが、日本語では「パートナー」という表現の普及は限定的です。
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現代的論点|2026年時点の到達点
2007年以降の主な法改正・新法
ヘテロノーマティビティをめぐる日本の法整備は、2007年以降の約20年間で大きく変化しました。主な動向は以下のとおりです。
- 2015年:渋谷区・世田谷区によるパートナーシップ宣誓制度の先行導入——同性カップルの関係を行政が公的に認証する制度として国内初。以降、全国の自治体に普及し、2026年5月現在で350自治体以上が導入(法的効力は持たないが、行政サービスにおける配慮が進む)。
- 2018年:政治分野における男女共同参画の推進に関する法律(候補者男女均等法)成立——政治分野への女性参加促進。ヘテロノーマティビティの問題は直接扱わないが、ジェンダー規範の制度的解消に向けた一歩。
- 2020年:労働施策総合推進法改正によるパワーハラスメント防止措置義務化——厚生労働省の指針で「性的指向・性自認に関するハラスメント(SOGIハラ)」が例示として示され、職場のヘテロノーマティビティに対する企業の法的責任が明確化。
- 2022年:育児・介護休業法改正(産後パパ育休等)——育児休業の取得推進が進んだが、「配偶者」要件の異性婚前提については改正されず。
- 2023年6月:性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(LGBT理解増進法)成立——ヘテロノーマティビティへの法的対応として国内初の包括的法律。国・地方自治体・学校・事業者の責務として多様性の理解増進を位置づけた。ただし、差別禁止規定を持たない「理解増進」法であり、実効性に関して議論が続く。
- 2023年10月:最高裁大法廷決定——性別適合手術を性別変更の要件とした性同一性障害特例法第3条第1項第4号を違憲と判断。性別変更における身体的要件の見直しが進む。
- 2024年:DV防止法改正(令和6年)——精神的暴力を保護命令の対象に追加。同性カップルのDV被害者も保護命令の申立てができることが明確化(改正前から解釈上は可能とされていたが、より明確に)。
議論の現在地
ヘテロノーマティビティの解消に向けた動きをめぐって、2026年現在、以下のような議論が展開されています。
LGBT理解増進法の評価:同法を歓迎する立場からは、性的マイノリティの存在と権利が初めて国の法律に明記されたことを評価する声があります。一方、差別禁止規定や権利救済の仕組みがないため「宣言的な法律にとどまる」「実効性に疑問がある」という批判も根強くあります。「不当な差別はあってはならない」という文言の解釈をめぐる法解釈論争も続いています。
民法改正と婚姻平等(同性婚)の議論:婚姻制度のヘテロノーマティビティ解消に直結するこの問題は、2026年現在も法制化には至っていません。各地の地裁・高裁で「同性婚を認めないことは違憲」という判断が相次いでいますが、最高裁での最終的な判断は2026年時点では示されていません(本記事では同性婚の賛否に結論を出さず、事実関係を中立的に記述します)。
自治体パートナーシップ制度の限界と可能性:自治体ごとに普及が進む一方、引越しによる「制度の無効化」問題(A市で宣誓してもB市では未導入で使えないケース)が指摘されています。国の統一的な制度整備を求める声がある一方、地域の自主性による先行的取り組みが国の動向を後押しするという見方もあります。
企業の対応:大企業を中心に、同性パートナーへの福利厚生適用や健康保険組合の扶養認定拡大を進める企業が増えています。2026年現在、主要な大企業の多くが「LGBTQ+インクルーシブ」な制度整備を行っており、経済界からのヘテロノーマティビティ解消圧力が政策議論にも影響を与えています。
残された課題
2026年時点で構造的なヘテロノーマティビティの解消として残る主な課題は以下のとおりです。
- 婚姻・家族法の見直し:民法の「夫婦」規定、相続権、子どもの認知・養育に関する条文が法律婚(異性婚)前提のまま維持されています。
- 戸籍の性別欄と非二元的性自認の記載問題:ノンバイナリー・Xジェンダーなど、男女二項に収まらない性自認を法的に記録する制度は存在しません。
- 差別禁止法制の不在:性的指向・性自認を理由とする雇用・住宅・サービス提供等における差別を明示的に禁止する包括的差別禁止法が存在しません。
- 性教育カリキュラムの見直し:学習指導要領レベルでの多様性教育の制度化が進んでいません。
- 地域格差:自治体のパートナーシップ制度や相談窓口の整備状況は地域によって大きく異なり、地方在住のLGBTQ+当事者が受けられるサポートには格差があります。
国際比較と日本の現在地
各国の法的対応状況
ヘテロノーマティビティの解消という観点で、各国の法制度を比較すると、日本の現在地が浮き彫りになります。
| 国・地域 | 同性パートナー法制 | 性別変更手続き | 差別禁止法(性的指向・性自認) | 多様性教育 |
|---|---|---|---|---|
| ドイツ | 同性婚法制化(2017年) | 手術要件廃止・自己申告制(2024年) | 一般平等取扱い法(AGG)に明記 | 州ごとに実施、包括的 |
| スウェーデン | 同性婚法制化(2009年) | 自己申告制(2022年)、16歳以上 | 差別禁止法に明記 | 包括的性教育・多様性教育 |
| 台湾 | 同性婚法制化(2019年、アジア初) | 裁判所手続き(手術要件あり) | 一部禁止規定あり | 包括的性教育を推進 |
| 韓国 | 同性婚未法制化・パートナーシップ制度なし | 裁判所判断、事例による | 包括的差別禁止法なし(国会で繰り返し審議) | 性的マイノリティへの言及限定的 |
| 日本 | 同性婚未法制化・自治体パートナーシップ制度(350自治体以上、2026年) | 性同一性障害特例法に基づく(手術要件違憲判断後、見直し進行中・2023年) | 差別禁止規定なし・LGBT理解増進法(2023年) | 学習指導要領に明示なし、実施は学校裁量 |
日本の現在地と今後の展望
比較表から見えるように、日本は自治体レベルのパートナーシップ制度の普及やLGBT理解増進法の成立において近年前進がありましたが、同性婚の法制化や包括的差別禁止法の制定、自己申告制による性別変更といった点では、欧州各国に比べて制度整備が遅れています。
一方、東アジアでの比較では、台湾が2019年に同性婚を法制化した先進例として注目され、日本国内の法制化議論にも影響を与えています。韓国が依然として同性婚法制化も包括的差別禁止法もない状況にあるのとは対照的に、日本ではLGBT理解増進法という形での法的認知が一歩前進しました。
国連人権理事会のUPR(普遍的定期審査)では、日本に対して繰り返し「性的指向・性自認に基づく差別禁止の法制化」を求める勧告がなされており、国際的な人権基準とのギャップを埋めることが継続的な課題となっています。
ヘテロノーマティビティを問い直す取り組み
法制度・行政レベルの改革
ヘテロノーマティビティの構造的解消に向けた法制度レベルの取り組みとしては、以下が挙げられます。
- 行政文書・制度のジェンダーニュートラル化:申請書類の「性別」欄を任意または自由記載にする、「夫・妻」を「配偶者・パートナー」に変更するなどの見直し。
- 同性パートナーへの法的保護の拡充:自治体パートナーシップ制度の国レベルでの制度化や、同性カップルの相続・医療同意・税制上の取り扱いの整備。
- 差別禁止法制の整備:性的指向・性自認を理由とする差別を禁止し、実効的な救済手段を持つ法律の制定。
- 男女共同参画政策へのSOGI視点の統合:第6次男女共同参画基本計画(令和8年3月13日閣議決定)においてLGBTQ+視点を明示的に盛り込み、政策のインターセクショナリティ(複合的差別への対応)を強化する。
企業・組織レベルの取り組み
企業・組織がヘテロノーマティビティを解消するための実践的アプローチとして、以下が挙げられます。
- 福利厚生の性別・婚姻形態中立化:慶弔見舞金・家族手当・育児休業取得の対象を、法律婚配偶者以外のパートナーにも拡大する。
- 社内規程・申請書類の見直し:「夫・妻」「男性社員・女性社員」等の異性愛・二元論前提の表現を見直す。
- ハラスメント防止研修の拡充:SOGIハラ(性的指向・性自認に関するハラスメント)をパワハラ・セクハラと並列して研修内容に組み込む。厚生労働省の「職場におけるハラスメント防止のために」指針(2020年)がSOGIハラを例示していることに対応する。
- 同盟(アライシップ)文化の醸成:LGBTQ+当事者でない従業員が支援者(アライ)として組織の多様性推進に積極的に参加する文化を育てる。
個人・社会レベルでできること
個人レベルでヘテロノーマティビティに向き合う実践的なアプローチは、日常の言語習慣・問いかけ方の見直しから始まります。
- 問いかけの見直し:「彼女は?」を「パートナーはいるの?」に言い換えるなど、性別前提のない表現を意識する。
- 「当たり前」を疑う習慣:自分の周囲の制度・慣行に潜む「異性愛が標準」という前提に気づき、疑問を持つ。
- 多様な表象への接触:LGBTQ+当事者が登場する書籍・映画・報道に意識的に触れ、多様な生き方への想像力を養う。
- アライとしての発信:職場・地域コミュニティでSOGIハラや差別的発言に気づいたときに声をあげる(Speak up)ことが、ヘテロノーマティビティの再生産を止める一歩となります。
相談窓口・サポートリソース
ヘテロノーマティビティによる生きづらさや差別を経験している場合、以下の公的・準公的相談窓口を活用できます。具体的な事案については、弁護士など専門家への相談をご検討ください。
- よりそいホットライン(性的指向・性自認相談専用回線):0120-279-338(24時間・無料)。性的指向・性自認に関する悩みを含む、幅広い生きづらさの相談に対応。
- LGBT法連合会(性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等のための相談窓口):相談メール・電話対応。法的支援につなぐ機能を持つ。
- 法テラス(日本司法支援センター):0570-078374(平日9時~21時、土曜9時~17時)。収入が一定以下の方は弁護士費用の立替制度を利用できます。職場でのSOGIハラや差別的取り扱いに関する法的相談の入口として活用できます。
- 地域の男女共同参画センター:全国各都道府県・政令市に設置。ジェンダー・ハラスメントに関する相談に対応しており、LGBTQ+相談窓口を設けているセンターも増えています。
まとめ|ヘテロノーマティビティを理解することの意義
ヘテロノーマティビティとは、異性愛と性別二元論を「標準」として社会の構造・制度・文化に埋め込まれた規範性のことです。個人の悪意や意図的な差別とは異なり、善意の人々の間でも再生産され、LGBTQ+当事者だけでなく、ジェンダー規範に縛られているすべての人の生きやすさに影響します。
日本では2023年のLGBT理解増進法成立、最高裁によるトランスジェンダー手術要件の違憲判断など、近年法制度の変化が加速しています。しかし、民法の婚姻規定・戸籍の性別欄・差別禁止法の不在など、ヘテロノーマティビティの構造的解消にはいまだ多くの課題が残ります。
概念を知ることは、制度変革と日常の実践の両方の出発点です。「当たり前」を問い直す姿勢が、多様な性的指向・性自認を持つすべての人が尊厳をもって暮らせる社会の構築に向けた第一歩となります。
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よくある質問(FAQ)
- Q1. ヘテロノーマティビティとアンコンシャスバイアスはどう違いますか?
- アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)は個人の認知に焦点を当てた概念で、「無意識のうちに形成される先入観」を指します。一方、ヘテロノーマティビティは社会の構造・制度・文化に組み込まれた異性愛前提の規範性を指します。個人の内面的なバイアスと、それを再生産・強化する社会制度の両面から理解する必要があります。
- Q2. ヘテロノーマティビティはLGBTQ+当事者だけの問題ですか?
- そうではありません。「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」というジェンダー規範も、ヘテロノーマティビティを支える性別二元論から生まれます。LGBTQ+当事者でない人も、ジェンダー規範の圧力や「結婚しなければならない」という社会的期待という形でヘテロノーマティビティの影響を受けています。
- Q3. 職場のヘテロノーマティビティはハラスメントになりますか?
- 性的指向・性自認に関する不快な言動はSOGIハラスメント(SOGIハラ)として、職場のパワーハラスメント防止措置義務(労働施策総合推進法第30条の2、2026年10月1日以降は第31条)の対象となり得ます。厚生労働省の指針では、SOGIハラとアウティング(性的指向・性自認の暴露)がハラスメントの例示として明記されています。具体的な事案については、社内ハラスメント窓口や労働局の総合労働相談コーナーへの相談をご検討ください。
- Q4. LGBT理解増進法はヘテロノーマティビティの解消に効果がありますか?
- 2023年に成立したLGBT理解増進法は、国・地方自治体・事業者・学校の「理解増進」の努力義務を定めた法律です。差別禁止規定や権利救済制度を持たないため、直接的な法的保護手段としての効果は限定的です。ただし、社会的認知の向上・行政施策の根拠・企業の取り組み促進という観点では一定の意義があると評価されています。賛否両論があり、実効性については継続的な検証が必要です。
- Q5. ヘテロノーマティビティという言葉は日本でどの程度使われていますか?
- 学術的文脈(ジェンダー研究・社会学・クィア理論・法学)では1990年代から使われており、大学のジェンダー論・多様性教育の授業で扱われることが増えています。企業のダイバーシティ研修や自治体のLGBTQ+関連施策の文書でも徐々に登場するようになっています。一般社会での認知度はまだ高くありませんが、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の普及とともに認知が広まりつつあります。

