育児休業(育休)の取得率は、企業の男女共同参画の実態を示す重要な指標です。2025年4月以降、常時雇用する労働者が300人を超える企業は、男性・女性それぞれの育休取得率を年1回公表することが義務づけられました。育児・介護休業法(以下「育介法」)第22条の2を根拠とするこの制度は、以前は1,000人を超える大企業のみが対象でしたが、対象範囲が大幅に拡大し、多くの企業と労働者にとって身近な制度となっています。
では、企業は何を、どこに、いつ公表しなければならないのでしょうか。また、就職・転職を考えている方が公表されたデータをどう読み解けばよいのかも重要な論点です。さらに、なぜ育休取得率の「見える化」が男女共同参画の推進に不可欠とされるのか、その背景にある課題も整理しておく必要があります。
この記事では、育休取得率の公表義務の法的根拠と対象企業の規模、公表すべき情報の内容、2025年改正の意義、そして実際に公表されたデータを活用する方法を、2026年時点の最新情報とともに解説します。対象読者は、企業の人事担当者・管理職、育休取得を検討している男女の労働者、就活・転職活動中の方、男女共同参画推進員など、育休と職場環境の関係を体系的に把握したい方です。

育休取得率の公表義務とは
制度の目的と意義
育休取得率の公表義務とは、一定規模以上の企業が前年度における男女別の育休取得率を外部に開示することを法律で義務づけた制度です。単に数字を公表するだけでなく、「見える化」を通じて社会全体に職場の実態を問いかける仕組みとして機能しています。
育休を取得しやすい職場環境か否かは、入社後の働き方やキャリア形成に直結します。しかし従来、育休取得状況は各企業の内部情報にとどまることが多く、求職者や労働者が自力で把握することは困難でした。公表義務の導入により、企業の取り組みが数字として外部から確認できるようになり、人材獲得競争においても育休取得率が企業評価の一指標として機能するようになっています。
男女共同参画の観点では、特に男性の育休取得率の公表が重要な意味を持ちます。厚生労働省「令和7年度雇用均等基本調査」(2026年7月31日公表)によれば、民間企業における男性の育休取得率は令和7(2025)年度で50.9%に達しました。これは令和5(2023)年度の30.1%から大幅に上昇した値ですが、同調査における女性の取得率88.3%と比較するとなお約37ポイントの差があります。この格差を縮めるうえで、企業ごとのデータ開示は不可欠な基盤となっています。
対象企業と公表の概要
公表義務の対象は、常時雇用する労働者の数が300人を超える企業(事業主)です。「常時雇用」とは、期間の定めなく、または1か月を超える期間を定めて雇用される労働者を指し、正社員に限らずパートタイム・契約社員も含まれます。
公表する情報は、男性の育休等取得率と女性の育休等取得率の2項目です。「育休等」とは育児休業のほか、出生時育児休業(産後パパ育休)も含みます。公表は年1回以上行うことが求められており、厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」(https://www.ryouritsu.jp/)への登録や、自社のウェブサイトへの掲載が一般的な方法です。
取得率の算出方法
企業が公表すべき取得率は以下の方法で算出します。
男性の育休等取得率は、前事業年度中に育休等を取得した(または申出をした)男性労働者の数を、前事業年度中に配偶者が出産した男性労働者の数で割った値(百分比)です。女性の育休等取得率は、前事業年度中に育休等を取得した女性労働者の数を、前事業年度中に出産した女性労働者の数で割った値(百分比)です。
算定方法の詳細や提出様式については、e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)で「育児・介護休業法」を検索して条文と関連省令をご確認ください。
育介法第22条の2の法令構造と義務の内容
条文の位置づけ
育介法第22条の2(育児休業の取得の状況の公表)は、育休取得の実態を社会に可視化するための規定です。育介法は育休・介護休業に関する根幹的な法令として、企業に対してさまざまな義務を課しています。第22条の2は、雇用環境整備措置(第22条)、出生時育児休業(第9条の2以下)、所定労働時間の短縮措置(第23条)、柔軟な働き方を実現するための措置(第23条の3)など、育休取得支援の義務群の一環として位置づけられます。
育介法は、男女双方が仕事と育児を両立できる環境を整備するための法的基盤であり、第22条の2はその実効性を担保する「情報開示」の仕組みといえます。
義務違反と企業への効果
企業が公表義務に違反した場合、厚生労働省(都道府県労働局)は報告の徴収や助言・指導・勧告を行うことができます。さらに勧告に従わない場合には企業名が公表される可能性があります。現行制度では罰金等の直接的な行政罰は設けられていないため、「公表しなかった場合の社会的評判リスク」が事実上の抑止力として機能しています。
こうした仕組みは、法規制と市場プレッシャーを組み合わせた「ソフト・ロー」(soft law)的なアプローチといえます。採用活動における企業評価や、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から育休取得率を重視する投資家・消費者の目線が、企業行動を変える動機づけになっています。
女性活躍推進法の公表義務との違い
育休取得率の公表(育介法・300人超)と、女性活躍推進法に基づく情報公表(100人超)は別々の制度です。女性活躍推進法では、一般事業主行動計画の策定・届出と情報公表が、常時雇用する労働者が百人を超える企業に義務づけられています。2026年4月1日からは、同法の改正(令和7年法律第63号)により、百人を超える企業が男女の賃金の差異と女性管理職比率を公表することも義務化されました。
規模に応じた主な義務を整理すると以下のようになります。
| 企業規模(常時雇用) | 育介法 取得率公表 | 女活法 行動計画・情報公表 | 女活法 賃金差異・管理職比率公表 |
|---|---|---|---|
| 100人を超える | (義務なし) | 義務 | 義務(2026-04-01~) |
| 300人を超える | 義務(2025-04-01~) | 義務 | 義務(2026-04-01~) |
| 1,000人を超える | 義務(2023-04-01~) | 義務 | 義務(2022-07-08~) |
※ 「百人を超える」は100人ちょうどは含まない。「三百人を超える」は300人ちょうどは含まない。女性活躍推進法の賃金差異・管理職比率公表の義務が実際に公表しなければならないのは「2026年4月1日以後に終了する事業年度の、その翌事業年度に行う公表」からとなります。
2025年改正の意義と歴史的背景
制度の沿革
育休取得率の公表義務は、2022年に成立した育介法改正(令和4年法律第17号)の中で創設され、まず常時雇用1,000人超の企業を対象として2023年4月1日から施行されました。その後、2024年の育介法改正(令和6年法律第42号)で、対象範囲が300人超に拡大され、2025年4月1日から施行されています。
この経緯は、政府が短期間のうちに2度にわたって対象範囲を拡大した点が注目されます。男性育休取得率の低さが男女共同参画の最重要課題として認識され、制度整備のスピードが急加速した時期と重なっています。
1,000人超から300人超への拡大の背景
対象拡大の背景には、男性育休の取得促進が緊急の政策課題として位置づけられたことがあります。政府は第6次男女共同参画基本計画(令和8年3月13日閣議決定)において、民間企業の男性育休取得率について2030年までに85%とする成果目標を掲げています。
対象企業数が増えることで、より多くの労働者が勤務する職場の情報が公開されるとともに、中規模企業に対しても育休取得促進の「見える化プレッシャー」が働く効果が期待されています。
2022年「産後パパ育休」創設との連動
2022年の育介法改正では、公表義務の創設と同時に、出生時育児休業(産後パパ育休)が新設されました。育介法第9条の2から第9条の5として規定された同制度は、出生日から8週間を経過する日の翌日までの期間に4週間以内の休業を2回に分割して取得できる仕組みです。
産後パパ育休は男性が子の出生直後に休業を取得できるよう設計されており、取得率の公表義務と組み合わせることで、制度の利用実態を外部から検証できる体制が整えられました。2025年4月1日施行の改正では、子の看護等休暇の対象年齢が9歳に達する日以後の最初の3月31日までの子に拡大(育介法第16条の2・第16条の3)され、柔軟な働き方を実現するための措置(育介法第23条の3)として3歳から就学前の子を育てる労働者を対象とした5つの選択肢からの2以上措置も義務化されました。育休取得率の公表義務はこうした育児支援策の全体像の中で機能する制度です。
現代的論点|2026年時点の到達点
2007年以降の主な法改正・新法
育休取得率の公表を含む育児支援法制の整備は、2007年以降に段階的に進んできました。
・2022年: 出生時育児休業(産後パパ育休)の創設と育休の分割取得(2回まで)の解禁(令和4年法律第17号、出生時育児休業の施行は2022年10月1日)。常時雇用1,000人超の企業への育休取得率公表義務の創設(2023年4月1日施行)。
・2024年: 育休取得率公表義務の対象を300人超に拡大し、2025年4月1日施行(令和6年法律第42号)。育休取得状況の公表義務(育介法第22条の2、常時雇用300人超)の開始。
・2025年4月: 子の看護等休暇(育介法第16条の2・第16条の3)の対象年齢を「9歳に達する日以後の最初の3月31日まで」に拡大。柔軟な働き方を実現するための措置(育介法第23条の3)の施行。
議論の現在地
公表義務に関して、2026年時点では主に以下の論点が議論されています。
第一に、「取得率の数値だけでは実態が見えない」という問題があります。現行制度は取得率(取得した人の割合)を公表するものであり、1日のみ取得した場合も「取得あり」となります。このため、取得率は高くても実質的な取得日数が短い企業が存在する可能性があります。取得日数・期間の公表を義務化すべきかどうかは今後の重要な論点です。
第二に、「算定方法の統一性」の問題があります。特に男性の取得率は分母(配偶者が出産した男性労働者数)の集計範囲が企業によって異なる場合があり、単純な横断比較には注意が必要です。
第三に、公表義務の導入以降に男性育休取得率が顕著に上昇した点は積極的に評価されています。制度の実効性については一定の成果が確認されつつあります。
残された課題
最大の課題は、300人以下の中小企業が対象外であることです。日本の従業員の相当部分は従業員300人以下の中小企業に勤めており、これらの職場では依然として育休取得状況の公開が進んでいません。情報の非対称性が残る構造的問題といえます。
また、男女の取得率格差の解消も残された課題です。2025年度の男性取得率50.9%に対し、女性は88.3%であり約37ポイントの差があります。第6次計画の2030年目標(男性85%)の達成には、取得率の上昇が続く一方で、職場文化の変革と業務体制の整備が引き続き求められます。
さらに、非正規雇用の労働者が育休を申し出にくい状況も依然として課題です。公表される取得率が「育休を申し出た人の中での取得率」である場合、申し出自体をあきらめた人は統計に反映されないという構造的な問題があります。
育休取得率の実態データ
男女別取得率の推移
厚生労働省「雇用均等基本調査」に基づく男性育休取得率の推移は以下の通りです。
| 年度 | 男性育休取得率 | 女性育休取得率 | 調査名・公表時期 |
|---|---|---|---|
| 令和5(2023)年度 | 30.1% | — | 厚労省 雇用均等基本調査 |
| 令和6(2024)年度 | 40.5% | — | 同上 |
| 令和7(2025)年度 | 50.9% | 88.3% | 同上(2026年7月31日公表) |
| 第6次計画の2030年目標 | 85% | (設定なし) | 第6次男女共同参画基本計画(令和8年3月13日閣議決定) |
男性育休取得率は2023年度の30.1%から2025年度の50.9%へと2年間で20ポイント以上上昇しており、上昇ペースは近年の中で最も速い局面にあります。ただし、第6次計画の2030年目標(85%)との差は34ポイント以上残っており、目標達成には職場環境の継続的な改善が不可欠です。
取得率データを読む際の注意点
公表データを活用する際は、以下の点に留意することが大切です。
(1)取得率と取得日数は別物
現行制度は取得率のみが公表対象です。取得期間が1日であっても「取得あり」として算入されます。実質的な育休の長さを確認するには、企業の統合報告書・ESGレポート・採用サイトの開示情報を参照するか、採用面接時に「平均取得日数」を直接確認することが有効です。
(2)「両立支援のひろば」の活用
厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」(https://www.ryouritsu.jp/)では、公表義務の対象企業が登録した取得率などのデータを企業名・業種・規模で検索できます。就職・転職活動時の比較検討に活用できます。
(3)産業別・部署別の差異
同一企業でも、部署や職種によって育休取得のしやすさに大きな差がある場合があります。全社の平均値が高くても、自分が配属される可能性のある部署の実態とは異なることがあるため、面接等で個別に確認することが推奨されます。
企業・労働者・求職者それぞれの活用方法
企業(人事担当者・経営層)の活用
公表義務の対象企業の人事担当者・経営層にとって、自社の育休取得率の把握と開示は法的義務であると同時に、職場環境改善の起点となります。
まず前事業年度の男女別育休取得率を正確に算出し、「両立支援のひろば」へ登録・更新することが基本です。取得率が社会平均や同業他社と比較して低い場合、取得を妨げている要因を特定する必要があります。主な阻害要因としては、上司・同僚の意識(「取得しにくい雰囲気」)、業務の属人化(休業中の代替体制が整っていない)、育休取得者に対する昇進・評価上の不利益(いわゆる「パタハラ」に当たる可能性がある扱い)などが挙げられます。
育介法第22条に基づく雇用環境整備措置として、育休に関する研修の実施、相談体制の整備、社内の取得実績の周知なども企業の義務に含まれます。詳細は e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)および厚生労働省の関連通達をご確認ください。
育休取得を検討している労働者の活用
現在の職場や転職先で育休取得を検討している方は、公表されたデータを出発点として職場の実態を確認することが重要です。「両立支援のひろば」のデータのほか、企業の採用ページ・統合報告書への記載も増えています。
育休取得後の職場復帰をスムーズに行うためには、取得前から上司や同僚と業務の引き継ぎ計画を立てておくことが有効です。また、育休から復帰した後に不利益な扱い(降格・減給・不合理な配転など)を受けた場合は、育介法に基づく保護の対象となる可能性があります。具体的な事案については、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)や法テラスへの相談をご検討ください。
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就活・転職活動中の求職者の活用
育休取得率は、企業が「家族に関するライフイベントへ制度として対応する姿勢があるか」を測る有力な指標の一つです。ただし、数字だけで企業文化の全てを判断することには限界があります。
育休取得率と合わせて確認したい情報として、女性活躍推進法に基づく「えるぼし認定」の有無、次世代育成支援対策推進法に基づく「くるみん認定」の有無(次世代育成支援対策推進法第13条の認定)、男女の賃金差異の開示状況(女性活躍推進法第20条第1項に基づく公表)などが挙げられます。これらのデータを組み合わせることで、より立体的な職場環境の評価が可能になります。
相談窓口と参考情報
公的相談窓口
育休取得や職場環境に関して相談できる主な公的窓口は以下の通りです。
- 都道府県労働局 雇用環境・均等部(室): 育介法・女性活躍推進法に関する企業への指導と労働者からの相談を受け付けています。育休申請を拒否された、不利益な扱いを受けたと感じる場合などに活用できます。
- 総合労働相談コーナー(全国ハローワーク内): 育休をめぐるトラブルを含む労働問題全般の相談窓口。予約不要で利用できます。
- 法テラス(日本司法支援センター) 0570-078374(平日9時~21時、土曜9時~17時): 法的問題に発展した場合の弁護士等への相談を支援する窓口です。育休中の解雇・不利益取り扱いなど法的トラブルが生じた際に活用できます。
まとめ
育休取得率の公表義務(育介法第22条の2)は、男女共同参画の推進において「見える化」という方法で職場の実態を問いかける制度です。2025年4月に300人超の企業へと対象が拡大したことで、より多くの職場の育休取得状況が確認できるようになっています。
公表された取得率は就職・転職の判断材料の一つになります。同時に、取得日数・期間は現行制度では公表対象外であること、算定方法に差異がありうること、300人以下の中小企業には義務が及ばないことなどの留意点も理解したうえでデータを読み解くことが大切です。
民間企業の男性育休取得率は令和7(2025)年度に50.9%に達し、令和5(2023)年度の30.1%から大幅に上昇しました。しかし、第6次男女共同参画基本計画が掲げる2030年目標(85%)にはなお距離があります。企業・労働者・行政が連携して取り組みを続ける必要があります。
具体的な事案については、弁護士など専門家への相談をご検討ください。最新の条文や省令は、e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)でご確認ください。
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よくある質問
Q. 育休取得率の公表義務の対象になる企業はどこですか?
常時雇用する労働者が300人を超える企業(事業主)が対象です。「常時雇用」には正社員だけでなくパートタイム・契約社員も含まれます。常時雇用が300人ちょうどの場合は対象外です(「300人を超える」の解釈)。
Q. 公表した育休取得率が低い場合、企業に罰則はありますか?
公表義務に違反した場合、厚生労働省(都道府県労働局)から助言・指導・勧告が行われます。勧告に従わない場合は企業名が公表される可能性があります。ただし現行制度では罰金等の直接的な行政罰は設けられていません。社会的評判リスクが事実上の抑止力として機能しています。
Q. 男性の育休取得率は現在何%ですか?
厚生労働省「令和7年度雇用均等基本調査」(2026年7月31日公表)によれば、民間企業における男性の育休取得率は令和7(2025)年度で50.9%です。令和5(2023)年度の30.1%から大幅に上昇しています。第6次男女共同参画基本計画(令和8年3月13日閣議決定)は2030年の目標を85%と定めています。
Q. 中小企業(従業員300人以下)は公表しなくていいのですか?
現行制度(2025年4月時点)では、常時雇用300人以下の企業は育介法第22条の2の公表義務の対象外です。ただし、努力義務として取得率の把握・公表が奨励されており、「両立支援のひろば」への任意登録は規模を問わず可能です。
Q. 育休取得率の公表データはどこで確認できますか?
厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」(https://www.ryouritsu.jp/)で、企業名・業種・規模などから検索して確認できます。また各企業の採用サイト・統合報告書・ESGレポートにも掲載されることが増えています。
