「保育所の申込みが通らなかった」「育休明けに預け先が見つからない」——都市部を中心にこうした声は根強く残っています。認可保育所への入所倍率が高い地域では、希望通りに子どもを預けられず仕事への復帰を断念するケースも珍しくありません。そこで国が2016年度に導入したのが、企業が設置・運営する保育施設に国の助成金を交付する「企業主導型保育事業」です。夜間・休日保育など多様な就労形態への対応、女性の職場復帰促進、地域枠による一般市民への開放という三つの機能を持ち、認可保育所の整備だけでは対応しきれない保育需要の受け皿として期待されました。しかし制度発足以降、助成金の適正使用・保育の質・施設の早期閉鎖という問題が繰り返し指摘されており、2026年時点においても制度の適正化が続いています。本記事では、企業主導型保育事業の概要・法的根拠・認可保育所や認可外施設との違い・現在進行中の論点・利用者と設置企業それぞれの実務ポイントを解説します。企業の人事担当者、育休復帰を控えた保護者、地域の保育課題を学びたい方に広く参考にしていただける内容です。

企業主導型保育事業の概要 ── 制度の目的と位置づけ
「働く親が使いやすい保育の場」を整備する国の仕組み
企業主導型保育事業は、企業が職場近くや事業所内に保育施設を設置・運営する際に、整備費と運営費の助成を国が行う制度です。2016年度に子ども・子育て支援法(平成24年法律第65号)の改正によって創設されました。当初の所管省庁は内閣府でしたが、2023年4月のこども家庭庁(こどもかていちょう)設置に伴い同庁に移管され、実務窓口は公益財団法人児童育成協会が担っています。制度の目的は二点です。第一に、認可保育所では対応しにくい夜間・土日・短時間勤務など多様な就労形態に応じた保育を供給すること。第二に、企業が自社従業員のために保育施設を整備することで育休からの職場復帰を促進し、女性活躍推進につなげることです。設置した企業は国の助成を受けながら施設を運営でき、従業員の育児支援策として対外的に示すことも可能です。
認可保育所・認可外施設との関係を整理する
日本の保育施設は①認可保育所(都道府県の認可を受け市区町村が指導監督する施設)、②認定こども園(幼稚園機能と保育機能を一体化した施設)、③認可外保育施設(国・自治体の認可を受けない届出制の施設)に大きく分かれます。企業主導型保育施設は法令上「認可外保育施設」に分類されますが、国の助成を受ける要件として認可保育所と同等の設備・保育士配置基準が義務づけられ、児童育成協会による定期監査も実施されます。この点で単純な無認可施設とは区別されます。一方で、入所申込の窓口が市区町村ではなく施設(または設置企業)となるため、自治体の保育調整の枠外に置かれており、国が公表する待機児童数の統計にも原則含まれません。
制度の法的根拠と運営ルール
根拠法令と設置条件
根拠法は子ども・子育て支援法(平成24年法律第65号)第59条の2(仕事・子育て両立支援事業)です。企業が施設を設置するには、①認可外保育施設の設備・運営基準以上の設備と保育士配置を整える、②児童育成協会に申請し審査を通過する、③開設後は定期的な立入監査を受ける、という手順が必要です。助成金は整備費補助(建設・改修費の4分の3相当が上限目安)と運営費助成の二段構成で交付されます。運営費は子どもの年齢・定員・開所時間等の実績に応じて算定されます。保育士の配置基準は0歳児3人に1人・1~2歳児6人に1人など、認可保育所と同等の水準が求められます。
企業枠と地域枠 ── 二種類の利用区分
利用枠は「企業枠」と「地域枠」の二種類があります。企業枠は、施設を設置した企業または共同利用契約を結んだ企業の従業員が利用できる枠です。地域枠は、設置企業と関係のない地域住民でも申し込みできる枠で、定員の最大50%まで設定できます。地域枠があれば、一般の認可外保育施設に近い形で申込できますが、地域枠の設置は任意であり設けていない施設も多くあります。また複数の中小企業が共同で設置する「共同利用型」も認められており、単独での設置が難しい規模の企業も参加できる仕組みになっています。
保育の無償化との関係
2019年10月から施行された幼児教育・保育の無償化は、3~5歳の子どもの保育費用を原則無償とする制度です。企業主導型保育施設は、一定の基準を満たすとして認定を受けた場合に無償化の対象となります。3~5歳は月額3万7,000円を上限に、0~2歳の住民税非課税世帯は月額4万2,000円を上限に費用が補助される場合があります。ただし施設ごとに適用状況が異なるため、入所前に施設または市区町村窓口で確認することが必要です。給食費・保育用品などの実費徴収は別途発生する場合があります。
企業主導型保育が生まれた背景 ── 2016年制度創設の経緯
待機児童問題と民間活用の路線
制度が創設された2016年度、全国の待機児童数は2万人を超えており(厚生労働省調査)、都市部の認可保育所への入所競争は激しい状況にありました。政府は認可保育所の整備と並行して、民間事業者の参入を促進して保育供給を拡大する路線を採用しました。企業が自社敷地内や事業所近接地に保育施設を持てれば、従業員の育休復帰が促進され、2015年に成立した女性活躍推進法(平成27年法律第64号)が求める女性の継続就業支援とも一致するという発想が制度設計の背景にありました。企業側にとっても保育施設の整備は人材確保・定着のための福利厚生として活用できるという利点がありました。
急拡大から見えてきた問題
制度開始後、申請件数は急増し2019年度末時点で設置数が4,000を超えました。しかし同時期から、助成金を受けながら開設されなかった案件や、開設後数年以内に閉鎖した施設の問題が浮上します。内閣府や会計検査院の調査で、審査プロセスの甘さや資金管理上の不備が指摘され、2019~2020年に審査基準の抜本的見直しが行われました。2023年以降はこども家庭庁が監督を担い、新規申請の審査厳格化と既存施設への事後監査強化が継続されています。制度は現在も稼働していますが、施設数の増加ペースは鈍化しており、量より質への転換が進んでいます。
現代的論点|2026年時点の到達点
2007年以降の主な法改正・新法
企業主導型保育事業と直接関連する法制度の主な動きは以下の通りです。
- 2012年:子ども・子育て支援法(平成24年法律第65号)成立。認定こども園・保育所・幼稚園への給付を一本化する新制度の根拠となる。
- 2016年:同法改正で仕事・子育て両立支援事業(第59条の2)が創設され、企業主導型保育事業がスタート。
- 2019年:幼児教育・保育の無償化施行。一定基準を満たす企業主導型保育施設も対象に。
- 2022年:育児・介護休業法(平成3年法律第76号)改正。産後パパ育休(出生時育児休業)創設、男性育休取得率の公表義務化(2023年から1,000人超企業)。企業が保育と育休をセットで整備する流れが強まる。
- 2023年:こども家庭庁設置。企業主導型保育事業の監督はこども家庭庁に移管。
- 2024年:子ども・子育て支援法等改正(令和6年法律第47号)。支援金制度(医療保険料の上乗せ)創設、こども誰でも通園制度(就労要件を問わず通園できる制度)の段階的実施開始。
- 2025年:育介法改正の第2段階施行。子の看護等休暇の対象年齢が小学校卒業まで拡大、時間単位取得の義務化。
議論の現在地
企業主導型保育をめぐる賛否は複数の軸で展開されています。
推進・肯定側の論点:認可保育所だけでは対応しきれない多様な就労形態(夜間・休日・変形労働時間)への柔軟な保育供給が可能であること、企業が保育に関わることで職場全体の育児支援文化が醸成されやすいこと、中小企業も共同設置で参加できる柔軟性があること、育休復帰後の女性の継続就業実績に一定の貢献がみられること、が挙げられます。
慎重・批判側の論点:企業の業績悪化や組織再編に伴う施設閉鎖リスク、助成金の不適正使用や未開設案件の発生、保育士の処遇が認可保育所と比較して低い傾向があること、自治体の保育計画と連動しないため地域ニーズと施設立地のミスマッチが生じやすいこと、地域枠が少ない場合に恩恵が特定企業の正規雇用者(主に女性)に偏ること、が指摘されています。2024年の会計検査院報告でも過去の不適切案件の処理状況が改めて確認され、こども家庭庁が既存施設の適正管理を続けています。
ジェンダー視点からの評価:育休復帰後の女性の就業継続を下支えする施策として評価される一方、施設の閉鎖リスクが現実化した場合に職業計画への影響を直接受けるのが主に母親であるという非対称性も指摘されています。また、父親の利用・育休取得との連動が不十分な職場では、保育整備の恩恵が女性のみに集中する構造が残りやすい点も課題です。
残された課題
2026年時点で制度が抱える課題は主に三点です。第一に施設の継続性の担保。閉鎖時の保護者への通知義務はありますが、転園先確保は施設・自治体の努力義務的位置づけにとどまり、突然の閉鎖に対するセーフティネットが十分ではありません。第二に保育の質の可視化。認可保育所で推奨される第三者評価の受審が企業主導型施設には義務づけられておらず、保護者が質を比較できる情報が限られています。第三にこども誰でも通園制度との役割分担。就労要件を問わず通園できるこども誰でも通園制度の全国展開が進むなかで、企業主導型保育の差別化や両制度の連動のあり方が論点となっています。
比較表 ── 企業主導型・認可保育所・認可外保育施設の違い
| 比較項目 | 認可保育所 | 企業主導型保育施設 | 一般の認可外保育施設 |
|---|---|---|---|
| 認可・監督機関 | 都道府県が認可、市区町村が指導監督 | こども家庭庁(実務は児童育成協会が監査) | 都道府県が届出受理・指導監督 |
| 国の助成 | あり(施設型給付) | あり(仕事・子育て両立支援事業費補助金) | 原則なし |
| 申込窓口 | 市区町村の保育担当窓口 | 施設または設置企業(地域枠は施設に直接) | 施設に直接申込 |
| 保育士配置基準 | 国基準(0歳3:1・1~2歳6:1等) | 認可保育所と同等の基準を適用 | 届出基準(相対的に緩やか) |
| 利用対象 | 市区町村の保育認定を受けた子ども | 設置企業従業員の子(企業枠)、地域住民の子(地域枠・定員の50%以内) | 利用者と施設が直接契約(就労要件なし) |
| 保育料の決定 | 市区町村が定める利用者負担額(所得応能負担) | 施設が設定(助成により低減される場合あり) | 施設が自由設定 |
| 無償化の対象 | 3~5歳は全額、0~2歳は非課税世帯 | 一定要件を満たす施設は同様に対象 | 上限補助額の範囲内で対象 |
| 継続性リスク | 市区町村が関与し比較的安定 | 設置企業の経営状況に依存するリスクあり | 経営者の判断で閉鎖・転換が容易 |
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利用者・設置企業のための実務ポイント
従業員として利用する場合の確認事項
自社または共同利用企業が企業主導型保育施設を設置・契約している場合、従業員は人事・福利厚生担当部署を通じて利用申込ができます。確認すべき点は主に三つです。①企業枠の空き状況(定員と現在の利用者数)、②保育料の設定(認可保育所の利用者負担額とは別設定になります)、③保育の無償化が適用される施設かどうか、です。育休中の子どもを入所させ復帰後に継続利用する場合は、入所タイミングと育休終了日のスケジュール調整が重要です。年度途中の入所を想定している場合は早めに施設担当者に相談することをお勧めします。
地域枠の活用 ── 設置企業と無関係でも使えるか
施設が地域枠を設けている場合、設置企業と無関係の保護者も申し込みできます。地域枠のある施設は、公益財団法人児童育成協会のウェブサイト(企業主導型保育施設マップ)または市区町村の保育コンシェルジュで確認できます。ただし地域枠は定員の50%が上限であり、空きが限られるケースも多いため、複数施設への問い合わせを並行して行うことが現実的です。認可保育所の申込みとも並行して進めることが、保育の確保という観点から重要です。
設置を検討する企業の留意点
施設の新設・共同設置を検討する企業は、①需要見込み(従業員の就学前児童数と保育ニーズの実態把握)、②長期的な運営コストの試算(助成金だけでは賄えない自己負担分の把握)、③閉鎖リスクへの備え(閉鎖時に保護者への移行支援が可能な体制の整備)を事前に確認することが重要です。安易に設置して短期閉鎖に至ると、従業員・地域の保護者への信頼を大きく損なうリスクがあります。中小企業の場合は共同利用型での参加が現実的な選択肢となります。
男女共同参画の視点から見る企業主導型保育
女性活躍推進法との接続
女性活躍推進法(平成27年法律第64号)は、常時雇用する労働者が101人以上の企業に対し、女性の活躍に関する行動計画の策定・公表を義務づけています(2019年改正・2022年4月1日施行で300人超から100人超に拡大)。企業主導型保育施設の設置は行動計画における「仕事と子育ての両立支援」の具体策として位置づけることができます。また、くるみん認定(次世代育成支援対策推進法に基づく認定)の取得要件には育児支援措置の実施が含まれており、保育施設の整備がその評価に寄与する場合があります。ただし保育施設の設置は手段であり、それだけで職場のジェンダー平等が実現するわけではない点を忘れてはなりません。育休取得率の改善・職場文化の変容と合わせて取り組むことが実質的な効果につながります。
父親の利用促進と職場文化の課題
企業主導型保育事業の利用者は現状として母親に偏る傾向があると指摘されています。父親が育休を取得して保育施設を活用するためには、職場の上司・同僚の理解と、育休取得を当然視する文化が前提となります。育児・介護休業法(平成3年法律第76号)第9条の2が定める産後パパ育休(出生時育児休業、2022年施行)の普及と企業主導型保育の整備を組み合わせることで、父親の育児参画を実質的に後押しする効果が期待されます。保育の場の確保と、育休を取りやすい職場文化の醸成の両輪が揃ってこそ、ジェンダー平等な育児参画に近づきます。
公的相談窓口とまとめ
公的相談窓口
企業主導型保育事業に関する情報収集・相談の窓口として以下を参考にしてください。
- こども家庭庁(企業主導型保育事業の総合案内):https://www.cfa.go.jp/ より関連ページにアクセス可能。
- 公益財団法人児童育成協会(申請・運営相談・地域枠のある施設検索):公式ウェブサイトより各種案内を参照ください。
- 市区町村の保育相談窓口・保育コンシェルジュ:地域枠のある施設情報の確認や認可保育所との比較検討に対応。お住まいの自治体ホームページで窓口を確認してください。
- 法テラス(保育施設との契約・費用トラブル等、法的問題の初期相談):電話 0570-078374(平日9:00~21:00、土曜9:00~17:00)
心身のご不調を感じる場合は、医療機関・精神保健福祉センターへのご相談を検討ください。
まとめ
企業主導型保育事業は、多様な就労形態への対応と女性の職場復帰支援を目的に2016年度から始まった国の助成制度です。法令上は認可外保育施設でありながら認可保育所と同等の設備・人員配置基準を適用する仕組みは、保育供給の多様化という観点で一定の役割を果たしてきました。しかし施設の早期閉鎖・助成金の適正使用・保育の質の可視化という課題は繰り返し指摘されており、2026年時点でもこども家庭庁が制度の適正化を進めています。利用を検討する保護者は、施設の継続性・地域枠の有無・保育料・無償化適用の可否を必ず事前確認することが重要です。設置を検討する企業は、長期的な運営コストと閉鎖リスクへの対応を見据えた慎重な計画が求められます。男女共同参画の観点からは、保育施設の整備だけでなく父親を含む全従業員が育児に参画しやすい職場文化との組み合わせが、実質的なジェンダー平等に近づく道です。
具体的な事案については、弁護士など専門家への相談や、こども家庭庁・市区町村窓口へのお問い合わせをご検討ください。
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よくある質問(FAQ)
- Q. 企業主導型保育施設と認可保育所はどう違いますか?
- A. 認可保育所は都道府県の認可を受け市区町村が指導監督する施設で、入所申込も市区町村窓口を通じます。企業主導型保育施設は法令上は認可外保育施設ですが、国の助成を受けるため認可保育所と同等の設備・保育士配置基準が義務づけられ、こども家庭庁の委託を受けた児童育成協会が監査を実施します。申込窓口は施設(または設置企業)で、保育料も施設ごとに設定されます。
- Q. 企業主導型保育施設の地域枠は、その企業と関係ない人も使えますか?
- A. 施設が地域枠を設けている場合、設置企業と無関係の地域住民でも申し込みができます。地域枠は定員の最大50%まで設定可能ですが、任意のため設けていない施設も多くあります。公益財団法人児童育成協会のウェブサイト(企業主導型保育施設マップ)または市区町村の保育コンシェルジュで地域枠のある施設を調べることができます。
- Q. 企業主導型保育施設が閉鎖した場合、子どもはどうなりますか?
- A. 閉鎖の際は保護者への事前通知義務がありますが、転園先の確保は施設・自治体の協力による努力義務的な対応にとどまっています。利用を始める前に施設の運営状況・設置企業の安定性を確認し、市区町村の認可保育所への申込みも並行して進めておくことが現実的なリスク対策です。
- Q. 企業主導型保育事業は幼児教育・保育の無償化の対象になりますか?
- A. 一定の要件を満たすとして認定を受けた企業主導型保育施設は無償化の対象となります。3~5歳は月額3万7,000円を上限に、0~2歳の住民税非課税世帯は月額4万2,000円を上限に費用が補助される場合があります。施設ごとに適用状況が異なるため、入所前に施設または市区町村窓口に確認してください。
- Q. 設置企業が女性活躍推進法の行動計画に企業主導型保育を盛り込めますか?
- A. 企業主導型保育施設の整備は女性活躍推進法(平成27年法律第64号)に基づく行動計画における「仕事と子育ての両立支援」の具体策として記載できます。ただし施設の設置だけで計画目標を達成できるわけではなく、育休取得率の改善など他の取り組みと組み合わせることが実質的なジェンダー平等につながります。
